FRIEND?

 最近俺は病気かもしれない。
「ううーっ」
 放課後、誰もいない教室で、俺は机にしがみ付くようにバタリと倒れこんだ。
 MVP戦以来、俺は和希にされたキスをたびたび思い出しては赤面してしまっていた。
 友達だろ?って言われて頬にされたキス。
 たかがキスなんだけど…そんなことされたのも初めてで。なんだかあの日以来、頭の中がずっとそればかりぐるぐるしている。
 ───キスって友達同士でするものなのかな。
 でも…そんなこと、誰にも訊けないよ。
 ああ、なんで俺こんなに和希のことを意識してるんだろ。
 気にする方がおかしいのかな。
 この学校に来たばかりのときは、和希っておせっかいで面白い奴だなって思っていたけど、退学勧告を受けた俺を本当に親身になって助けてくれた。和希の手助けがなかったら、今俺がここにはいられなかったかもしれない。
 だから、本当に感謝しているんだけど。
 それとこれとは別っていうか……。
「どうしたんだよ、啓太」
「えっ、うわっ!」
 突然掛けられた声に驚いて飛び上がってしまった。
「なんだよ、そんな大きな声を出して」
 見上げると、諸悪の根源(言い過ぎかな)が柔らかな微笑を浮かべながら立っていた。
「い、いや……ええとあの、和希はどうしたんだよ、クラブは?」
「今日は顔見せだけだって言わなかったっけ?」
「そうだった?」
「なんだ、俺のこと待ってたんじゃないのか」
 和希はくすと笑いながら、首を横に傾げてみせる。
「一緒に帰ろうか」
「う、うん。あ……」
 立ち上がったとき、何かがポロっと落ちて床に転がった。拾ってみるとジャケットのボタンだった。
 朝、取れそうだったのに気づいたけれど、時間がなくてそのまま来てしまったことを思い出した。
「付けてあげるよ」
「あ、ありがと……」
 和希は鞄から小さなケースを取り出し、中から針と糸を取り出した。鞄からすぐ裁縫道具が出てくるところは、さすが手芸部だなぁと感心する。
 俺が制服の上着を脱ごうとすると、そのままで大丈夫と止められた。
「え…?」
 自分の椅子に座らされたかと思ったら、和希は俺の背後に回って腕を前に回した。そして、針を俺のジャケットに通し、器用にボタンをつけ始める。
「ち、ちょっと和希……」
 密着しすぎじゃ……。
「そうか? 気にしすぎ」
 気にしすぎって……。
 脱いだ方が付けやすいと思うんだけど。
「啓太だってボタン付けぐらい出来るようにならないと。な? こうやったほうがわかりやすいだろ?」
「う、うん……」
 ボタン付けなんてやったことはないけど、多分出来ると思う…とは、何となく言い出せなかった。
 首筋に掛かるやわらかな吐息がくすぐったい。
「動かないで。針が刺さるよ」
「……っ」
 じっとしたままにしていると、だんだん心が落ち着いてきた。
 ぼんやりと和希の頭を見下ろす。
 和希って、意外とまつげが長いんだなぁ……。
 うわっ、俺ったらまた何を意識してるんだよっ。
 再び心臓がばくばくし始めた。
 やっぱり俺って心臓悪いのかな……。
「はい、できた。」
「あ、ありがとっ」

「そんなところで何をやっていらっしゃるんです?」
 突然掛けられた声に驚いて振り向くと、教室のドアに立っていたのは、七条さんだった。
「こんにちは、伊藤君、遠藤君。いつも仲良しですね」
「え、えと……こんにちは」
「伊藤君、大丈夫ですか? 顔が赤いですよ」
「い、いえ……大丈夫です。七条さんこそ、どうしたんですか?」
 一年生の教室なんて、用がなければ通りかからないので、不思議に思い訊いてみた。
「おいしいお菓子を頂いたんですよ。伊藤君、召し上がりにいらっしゃいませんか、とお誘いに来ました。……遠藤君も良かったらどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
 和希もお菓子が食べたかったのか、勢い良く返事をしていた。
「もちろん俺も一緒に伺います。楽しみだな、啓太!」
「う、うん」


「結局遅くなっちゃったな」
 会計室で話が盛り上がり、結局校舎を出たのは夜の七時過ぎになってしまった。
「うわー! 外寒いなぁ」
「暖めてやるよ」
 鞄を持っていない左手を取られ、和希のジャケットのポケットに一緒に手を入れられる。
「ち、ちょっと…」
 どうしてこいつはこんなにスキンシップが激しいんだろう。
「ホントに啓太は可愛いよな」
 そして再び頬にキスされた。
「か、和希っ! だからそういうことをするなって…!」
「気にしない、気にしない」
「か〜ず〜き〜」
「そんなに嫌か?」
 突然立ち止まり、真顔で問われて、思わずうろたえてしまう。
「い、嫌ってわけじゃない…けど…」
 嫌だ、って言えばやめてくれたのかもしれなかったけど、すでに後の祭りだった。
「嫌じゃないんだろ? じゃぁ、いいじゃないか。俺たち友達だもんな! これからもよろしく、啓太」
「う、うん」
 なんだか誤魔化されたような…。
 友達同士ってこんなに心がざわざわするものなんだろうか。
 俺にはまだちょっとわからない。




初出 2003.12
LATTE LATTEという冬コミコピー本より。
啓太はやさしいから笑顔の和希に押されてしまうんですね。仕方ないね。